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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)70345号 判決

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間の東京地方裁判所昭和六二年(手ワ)第六六五号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和六二年七月二四日に言い渡した手形判決を認可する。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  本訴事件の異議申立後の訴訟費用及び反訴事件の訴訟費用はいずれも被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告の本訴請求

被告は、原告に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告の反訴請求

原告は、被告に対し、金四三八五万四三七八円及びこれに対する昭和六一年八月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本訴事件は別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)の手形金及びこれに対する満期以降の法定利息の請求事件、反訴事件は前受金返還保証債務及びこれに対する後記相殺の意思表示到達の翌日以降の遅延損害金の請求事件である。

二  手形関係(本訴請求原因、争いがない。)

1  原告は別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  本件手形は支払呈示期間内に支払場所に支払のため呈示された。

三  プラント輸出契約及び前受金返還保証契約の締結等(争いのない事実及び証拠によって認められる事実)

1  被告は、昭和六〇年一月七日補助参加人宮川電具株式会社(以下「宮川電具」という。)との間で、納入期限を昭和六〇年四月一〇日、代金を五億一二三五万五〇〇〇円、支払期限は被告が中国から支払を受けた時とする約定で、宮川電具が中国成都市の成都無線電四厰向け三種類の抵抗器製造設備各一式及び付属品等の納入、設置、稼動調整及び技術指導等をする契約(以下「本件第一プラント契約」という。)を締結した(〈書証番号略〉、証人原田義明、同宮川昇、被告代表者本人)。

2  被告は、昭和六〇年五月一七日宮川電具との間で、納入期限を昭和六〇年八月二六日、代金を二億二六〇〇万円、支払期限は被告が中国から支払を受けた時とする約定で、宮川電具が中国沈陽市の中山路三段三三号向け抵抗器製造設備一式及び付属部品等の納入、設置、稼動調整及び技術指導等をする契約(以下「本件第二プラント契約」という。)を締結した(〈書証番号略〉、証人原田義明、同宮川昇、被告代表者本人)。

3  被告は、宮川電具に対し、それぞれ、契約金額の一五パーセントに相当する前受金として、本件第一の契約につき昭和六〇年二月二六日に金七六八五万三二五〇円を、本件第二の契約につき同年五月二一日に金三三九〇万円を支払った(〈書証番号略〉、被告代表者本人、以下「本件前受金」という。)。

4  原告は、被告に対し、宮川電具の保証人として、宮川電具の被告に対する本件前受金返還債務の弁済をする旨約した(以下「本件保証契約」という。争いがない。)。

5  本件各契約の中国側の代金支払条件は、契約成立後一か月以内に一五パーセント、船積後七〇パーセント、検収後一五パーセントであったが、被告は中国側から、本件各契約の仕事の完了を遅延したとの理由で、本件第一プラント契約に関し残金一三八五万四三七八円(被告は二一九五万四三七八円であると主張するが、後掲証拠によれば契約金の残額自体は前者の金額と認めるのが相当である。)の、本件第二プラント契約に関し被告と中国側との輸出契約の代金の最終支払分一五パーセントに相当する金三五九四万円の支払を拒絶された(〈書証番号略〉、被告代表者本人、弁論の全趣旨)。

6  被告は、原告に対し、昭和六一年八月五日付の内容証明郵便で本件手形金債務と本件保証債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をし(〈書証番号略〉)、右意思表示は遅くとも同月一四日までには原告に到達した(明らかに争わない。)。

四  争点

本件前受金返還義務発生の有無ないし本件保証契約の保証の範囲が本件における争点である。

この点に関し、被告は、宮川電具は本件各契約の目的物を納入し、中国の所定の工場に設置し、稼動調整等をして中国側による検収の全部を前示各納入期限までに完了させなかったときは本件前受金の返還義務を負うことを約し、原告も右債務を保証したところ、宮川電具は本件第一の契約につき右義務の履行を遅滞し、本件第二の契約については履行が不完全でいまだに中国当局の検収を経ていないから、宮川電具は本件前受金の返還義務を負い、原告も保証債務の履行義務を負っているので、被告は、原告に対し、本件手形金債務と本件保証契約に基づく債務とを対当額で相殺し、中国側から右債務不履行により支払を拒まれた金額(本件第一の契約につき金二一九五万四三七八円、本件第二の契約につき金三三九〇万円)から本件手形金額を控除した残額について反訴請求をする旨主張する。

これに対し、原告は、本件前受金の返還義務が発生するのは、宮川電具が本件保証契約の一五パーセントに相当する部分(契約の目的物である抵抗器製造設備及び付属部品等を船積するまで)の義務を履行しなかった場合であり、原告も右返還債務を保証したのであるから、本件各契約については既に船積はもとより設置、稼動調整等も終了し、また中国側から被告に対し契約代金の大半が支払われているのであるから、右返還債務は発生せず、原告も保証債務を負担していない旨主張する。

第三  争点に対する判断

一  証拠(〈書証番号略〉、証人原田義明、同宮川昇、被告代表者本人)及び前示認定事実によれば、本件第一プラント契約における宮川電具の契約上の義務は、三種の抵抗器生産設備各一式及び付属品等を昭和六〇年四月一〇日までに横浜市所在の株式会社宮島組の指定倉庫に納入し、中国に搬入された右設備を中国四川省成都市所在の中国成都無線電四厰の工場に設置し、稼動調整、技術指導等を行ったうえ、中国当局の検収を経るという内容であること(なお、被告は右義務全部の履行期限が昭和六〇年四月一〇日であると主張しているが、〈書証番号略〉には納入期限として右の日が記載され、納入場所として、「(株)横浜宮島組」と記載されているのであるから、右主張事実を認めることはできない。)、宮川電具は右目的物の主要部である抵抗器生産設備自体は右期限までに所定の場所に納入し、同年八月から一〇月までの間に所定の工場に設置したが、プレス機械、メッキ装置及びこれらの付属部品は同会社が昭和六一年六月三〇日に事実上倒産して和議が開始されるなどの事情もあって同年一二月に納入設置し、本件第一プラント契約の製造設備は昭和六二年一二月六日中国当局の検収に合格したこと、しかし被告は中国側から右納入ひいては検収の遅延を理由として前示のとおり残金の支払を拒絶したことが認められる。

二  また、証拠(〈書証番号略〉、証人原田義明、同宮川昇、被告代表者本人)及び前示認定事実によれば、本件第二プラント契約における宮川電具の義務は抵抗器生産設備一式及び付属品等を昭和六〇年八月二六日までに日本通運株式会社に納入し、中国に搬入された右設備を中国遼寧省丹東無線電一八厰の工場に設置し、稼動調整、技術指導等を行ったうえ、中国当局の検収を経るという内容であること(なお、被告は右全部の義務の履行期限を右同日であると主張しているが、右各証拠に照らすと、右主張事実は認めることができない。)、宮川電具は右目的物を期限までに所定の場所に納入し、中国の所定工場に設置し稼動させたが、一部製品が中国当局の検収を経ることができず、中国側は製品の生産率が低く経済的損害が生じているとの理由で、前示のとおり、検収を経た後に支払われるべき一五パーセント相当の残金の支払を拒絶したことが認められる。

三  他方、証拠(〈書証番号略〉、証人桑原良三、同宮川昇、同原田義明、被告代表者本人)によれば、被告は前示のとおり宮川電具に対し前受金を支払ったが、目的物の納入前に多額の支払をすることにつき不安を感じ、被告から前受金返還の保証書を取り付けることにしたこと(なお、宮川電具が事実上倒産したのは前受金支払から一年以上経過した後の昭和六一年六月三〇日ころであって、信用不安が保証を求める動機となったことを認めるに足りる証拠はない。)、原告担当者は保証の範囲ないし終期について関心を持ち、宮川電具の代表者に本件各プラント契約や中国側との契約内容等を確認するなどして前受金の対価は船積みまでであって、それが終わればその返還保証義務も消滅すると考えていたこと、前受金は本件各プラント契約の代金の一部でもあること、本件保証契約の契約書である〈書証番号略〉には「前受金」の「返還」の保証契約であることが明示されていることが認められる。

右事実に、本件各プラント契約の内容等を併せ考えると、本件保証契約は、宮川電具の本件各契約における履行遅滞あるいは不能などによって契約が終了し前受金の返還義務が生じた場合に、原告がこれを保証する契約であって、被告と宮川電具及び中国側の契約から生ずる一切の損害を担保する契約ではないことが認められる。

四 先に認定した事実によれば、本件第一プラント契約は一部遅滞はしたものの既に検収を終えて一応目的を達し、本件第二プラント契約は目的物を納入、設置し、一部不完全ながらも稼動操業しており契約が履行遅滞ないし不完全履行により終了した事実も窺われないから、前受金返還請求権は発生せず、本件保証契約の性質が右に認定したとおりである以上、本件保証契約に基づく原告の保証義務も発生しないといわなければならない(もとより、被告から宮川電具に対して右債務不履行により損害賠償請求ができるか否かは別個の問題である。)。

したがって、被告の本訴抗弁及び反訴請求は失当である。

(裁判官 坂野征四郎)

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